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Culture  Hour

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NHKカルチャーアワー
科学と視線「アンチエイジングの科学」

順天堂大学教授 白澤卓二
  聞き書き 田 村 銕 也

第11回「体力の限界に挑む」

 

三浦雄一郎さんが「75歳でエベレストに登る」という体力の限界にチャレンジ目標に対して、どういう取組みをしたかという話をしたい。

 もともと三浦さんがエベレストに行くきっかけは1970年ころ、エベレストのかなり上にあるサウスコルをスキーで滑降して下りてきたという話だ。エベレストの航空写真を見ると、8千メートルを超えた部分に積雪があり唯一滑れるところがある。そこの傾斜角度はなんと30度くらいもあり、スキーで滑れるほどの角度ではない。おそらく滑るというより落下しているに近いから、彼は落下傘をつけている。スキーで滑っていればストップすることが出来るが、滑っていないので落下傘をつけて落下したのだ。

 ここまで行くとスキーというより冒険だ。止れないとクレパスに落ちて永久に浮かび上がれない地形なのがこのサウスコルだ。この少し下にある岩があるが、この岩にぶつかって、1枚のスキーは外れて飛んでいったが、もう片方はうつぶせ状態になったときに斜面と自分の間に入り、それがストッパーになって止った。だからほとんど九死に一生を得たということだ。1970年のことだ。

 

 それから年を経て70歳になり、息子の雄大さんとエベレストにもう一度行ってみたい、それもサウスコルのサイドから登りたいと思った。

 このときは雄大さんと一緒に登頂し70歳の最高齢登頂記録を立てたのだが、その後でまたスキーで下りた。このときに曇っていたから、ガスって「地球」が見えなかった。頂上からきれいな地球を見られなかったので、もう一度登りたいと75歳になって思った。それがちょうどオリンピックの年だった。それで今度は中国側から登りたいということで計画を立てた。

 ところが、健康状態に問題が点灯した。心臓に不整脈があることが分かり、それを克服しないと無理だという医学的な課題があることが、低酸素室でのトレーニングから分かった。

 エベレストのベースキャンプは酸素濃度が10〜12%である。地上は20%くらいであるので約半分になっている。頂上の8700メートルでは3分の1の7%くらいになる。

 今回のプロジェクトで、私は三浦さんが酸素を運ぶ能力がどのくらい他の人より優れているかということを調べた。

 三浦さんにベルトコンベアの上を「呼気ガス分析」をしながら走ってもらい、その状態でどのくらい酸素を運ぶ能力があるかを調べた。分かったことは、普通の人がベルトコンベアの上を走っていると10分くらいで相当きつくなってくる。このとき酸素消費量が二酸化炭素排出量を上回ることが起きる。こうなると辛くなってくる。十分に酸素が供給されていない、無酸素代謝に近い状態になってくる。こうなると運動が辛くなる。

 ところが三浦さんの場合、有酸素運動が長い、80〜90%くらいまでCO2二酸化炭素が上がってこない。これは酸素をたくさん運べている状態だ。身体は辛く感じていない。これが登頂するときにかなり有利に働いているだろうと考えた。

 そこで、三浦さんの赤血球を調べた。赤血球は酸素を肺から筋肉や脳へ運んでいる。赤血球の中のヘモグロビン分子が酸素を運んでいる。ヘモグロビン分子は1個の分子が4つの酸素分子を運べる。肺の中で4つの酸素を乗せるタクシーと考えると、普通の状態なら肺から客の酸素4人を乗せて末梢の脳とか筋肉へ行って、酸素を1つ落として、残り3つを残して肺へ帰ってくる、という効率の悪いようなことになっている。

 ところが、これが運動すると、筋肉や脳に酸素がたくさん必要になるので、3つ下ろして残り1つ乗せて帰ってくる状態になる。効率は上がっている。どのくらい酸素を放すかということは、ヘモグロビン酸素飽和曲線という特性を見れば分かる。

 三浦さんの血液を採取してヘモグロビン特性を調べたところ、普通の人と比べて酸素を手放しやすい状態にあることが分かった。どういうことかというと、平地にいるときはあまり変わらない。肺で酸素を取り込む量は変わらないが、エベレスト頂上になると酸素分圧が下がってくる。山に登った状態では差が出てくる。酸素濃度が低くなったときに三浦さんのヘモグロビンは有利な状態になっている。

 どういう状況でヘモグロビンの酸素親和曲線が移動する可能性があるのかをさらに調べた。ヘモグロビン遺伝子が特殊であるケース、食事の影響、運動訓練の3つの可能性を考えて検査を進めてみた。実際にヘモグロビン遺伝子に変異があって強くなっている人がいるので、そういう家系を調査している。岩手県にそういう家系があった。そのヘモグロビン変異を持っている娘さんを検査すると、その人の姉に比べて呼吸回数が半分しかない。エルゴメーターという自転車を漕がしても呼吸回数が増えない。運動に強いことがわかった。

 このようなヘモグロビン遺伝子をもった人はそれほどいない。10万人に1〜2人の割合だから、山で強い人は全員こういう遺伝子を持っているかというとそうではない。三浦さんのヘモグロビンは遺伝子変異はなかった。そこで多分環境要因でそうなっているのではなきかということで調べた。

 

 

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