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Culture  Hour

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NHKカルチャーアワー
科学と視線「アンチエイジングの科学」

順天堂大学教授 白澤卓二
  聞き書き 田 村 銕 也

第9回「脳をいつまでも若く保つ」


4つの落とし穴 

 高齢期に入ると、若い頃にはなかった「落とし穴」がでてくる。うつ病、アルツマイマー病、脳血管性認知症、パーキンソン病の4つが、高齢期には難題になる脳の病気だ。水面下に入ってしまって表に出てこないので実態が読めない。まわりを見わたしてみるとうつ病の人もいるので結構たくさんいると推定される。全国の推定値として、アルツマイマー病150万人、血管性認知症も100〜150万人と考えられているので、合わせて認知症の人だけで300万人以上いるだろうと思われる。うつ病はもっといるだろう。パーキンソン病も50万人ぐらいいるのではないか。結構多い数だ。

 この落とし穴に嵌らないように、高齢期のQOL(生活の質)を保ち、家族に迷惑をかけないために、これを逃れていくことが大切になる。

 高齢期を元気に生きていくためには、心とか脳を健全にしていく必要がある。高齢期にしっかりした「生き甲斐」をもっていることが大切だ。「落とし穴」をひとつずつ解説する。

 

[うつ病]

 うつ病になりやすい時期は、更年期、初老期、老年期だ。45、50歳の更年期を過ぎたから大丈夫というわけではない。50代後半になってうつ病になったり、それから65か70になって、またうつ病になるというようなことがある。

 うつ病は、「何をやっても楽しくない」「気分が重くて沈みこむ」というのが中核の症状としてある。よくみられるのは、「楽しさも、哀しみも感じない」、感情が鈍磨してしまう。好きだったことも苦痛になってしまうのだ。疲れやすくなんとなく身体の具合が悪い、ものごとを悲観的に考えてしまう、意欲がわかない、心は憂鬱なのに明るく振舞う。

 こういうのは外から見ていても分からないが、うつ病の原因が潜んでいてどんどん進行してしまうことになる。

 「眠れない」「眠くてたまらない」「よいことがあっても気分の落ち込みが解消しない」「人付き合いが悪くなる」「集中力が低下して動きが鈍い」「必要以上に自分を責めてしまう」、こういう症状はうつ病から来ている。

 

 もっとやっかいなのは、こういった心の症状が前面に出なくて、身体の症状があるのだが、本当はうつ病が潜んでいるという「仮面うつ病」がある。例えば、「頭痛」「倦怠感」「肩こり」が前面に出ているが、本当はうつの一つの身体症状なのだ。動悸、耳鳴り、めまい、口が渇く、眼がかすむ、息苦しい、これだけだと内科や耳鼻科の病気だと思ってしまう。

 胃がもたれたり、胃の不調、腹痛、手足の痺れ、冷え、神経痛、関節痛、性欲減退、発汗、ここらはほとんど更年期の症状になっている。この症状だけからは更年期なのかうつ病なのかよく分からない。しっかり問診しなければ、水面下にあるうつ病がなかなか診断できない。

 

 うつ病は確実に脳の病気だ。脳に原因がある。だから身体症状が出ていてもその原因が脳にあるわけだ。実際に脳の活動が悪くなっていて、「海馬」という部分の容量が小さくなっているという報告もある。いろいろな変化が脳の中に起きていて、うつ病のバックグラウンドになっていることもよく分かっている。発症の危険因子を十分に調査する必要がある。自分がこういう「危険因子を持っていてうつ病になりやすい」ということを把握しておく必要がある。

 例えば、家族とか両親、祖父母にうつ病になった人がいると、遺伝的な素因をもっている場合がありうつ病になりやすい。

 「ストレス」も危険因子だ。人間関係のトラブル、大切な人やモノなど何かを失ったストレス、家庭での変化、職場での変化、例えば結婚、妊娠、出産、育児、昇進、引越しなどをきっかけにうつ病を発症してしまうことがある。

 アルコールやドラッグもうつ病の原因になる。

 生真面目な性格、几帳面で生真面目、凝り性の人はうつ病になりやすい。一般的に真面目な性格の人だ。

 過去に大きな事故に遭った、衝撃的な出来事があった、幼児虐待をした、重大な事件に遭遇して激しい現場を目撃した(9・11事件を経験した人はそれがトラウマとなって、あるきっかけで発症するなど)、これらも危険因子になりうる。

 

 このような、発症のリスクになる因子を持っている人はとくに気をつけたほうがいい。先ほど述べたように、女性の場合、更年期とか出産後のときも非常にうつ病になりやすいステージだ。高齢者、50〜60歳で出てくるのを「初老期のうつ病」という。65〜70歳くらいで出てくるのを「老年期のうつ病」という。多くのケースはほとんど元に戻る。元に戻るのがうつ病だが、時間がかかる。老年期のうつ病が一番時間がかかる。戻るのに3〜5年かかる。初老期とか更年期のそれは2〜3年で元に戻るケースが多い。必ず元へ戻るから本人には「出口がある」ということを繰り返し繰り返し言う必要がある。

 

 高齢期のうつ病の場合はいろいろな病気の心配が軸になっていることが多い。ガンと診断されたとか、治らない慢性の病気と闘っているとかで、それが心労になっている。解決しない問題を抱えているのでうつ病のコントロールは難しい。病気が治ってしまえばよいのだが、治らない病気を抱えていて、そのうつ病発症の原因を除去できないときの治療は手こずる。

 高齢者のうつ病は自殺の危険性が高いので注意が必要だ。元気がないなどの症状のほかに身体の不調を「過剰に心配する」ということがあるので、こうしたサインを早い段階で見つけて適切に対処することが必要だ。

 

 

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