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Culture  Hour

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NHKカルチャーアワー
科学と視線「アンチエイジングの科学」

順天堂大学教授 白澤卓二
  聞き書き 田 村 銕 也

第9回「脳をいつまでも若く保つ」

神経細胞は新生する

 今日の話は、そうならないためには、予防医学の観点からどうすればいいかという話である。一つの実験を紹介する。

 豊かな環境と貧しい環境というのをネズミで実験だ。豊かな環境には、大きなケージの中にトンネルや観覧車など遊び道具をたくさん置いてみた。貧しい環境は、狭いケージで餌だけ与えた。運動もできないので餌を食べては寝るだけの繰り返し、メタボの生活のようなものを作った。

 そこで生活させた後、学習させたりひたすら走らせたりして、海馬に新しい細胞が生まれてくるかを見てみた。そうすると貧しい環境に比べて豊かな環境ネズミのほうは5〜10倍海馬の細胞の数が多い。たくさんの神経細胞が新たに生まれている。つまり環境の刺激が脳の神経細胞の新生に影響を与えていることを意味する。

 脳細胞も生まれ変わる。神経細胞は年をとってからもまだ増え続けることができる。ゲルトケンパーマン先生のデータによると、環境からの刺激が多ければ多いほど神経細胞は新しく生まれる数が多いという。これは認知機能が軽度に低下し始めた人には明るいニュースだ。もしも、認知機能が高齢期に低下し始めたら自分の生活環境をより刺激の多いものにしようということが、ひとつのメッセージだ。

 脳をよくよく見てみると神経細胞と神経細胞が連絡しているところに「シナプス」というのがある。これは隣の神経に情報を送るときに蝶番のような役割をしている。シナプスが豊富になると、隣りの神経に連絡が行きやすくなる。年をとったり、刺激が少ない貧しい環境におかれると、神経細胞が生まれてこないだけではなく、シナプスが減ってくる。豊かな環境を作ってやると神経細胞が生まれてくるだけではなく、シナプスが増えてきて伝達が良くなるということが分かった。

 

右脳をきたえる

 「音楽中枢」というのがある。右利きの人は左脳に言語中枢があるが、左脳に脳梗塞を起こすと、右手が利かなくなるだけではなく言葉が出なくなる「失語」になる。言語中枢の反対側に音楽中枢がある。音楽をコントロールする脳だ。どういうときに使われているかというと、歌を歌うときだ。話を聞くときは「聴覚野」という部分を使っている。その反対側に音楽を聴く中枢がある。まったく反対側の同じ位置にあるのだ。

 喋ったり聴いたりは主に片側の脳しか使っていない。音楽を聴いたり歌ったり楽器を演奏したりするときにはその反対側の脳を主に使っている。失語になった患者さんに「君が代」を歌ってもらうと何も喋れないのに歌が歌える。中枢が違うからだ。

 人間の脳は、片側だけをトレーニングするより両側する方がバランスをとりやすい。高齢期に入って脳の問題が起きてきたら、音楽を聴いたり、歌ったり、楽器を演奏するなどして音楽中枢も鍛えると、高齢期のメンタリティーを保つのに効果がある。

 人の脳は120年間はバリバリ使えるので、脳を大事にしてほしい。高齢期にはうつ病、認知症、脳血管性痴呆症、パーキンソン病という「落とし穴」がある。この穴に陥らないよう予防するには、生活の環境作りが大切だ。多くの時間を費やしている日常生活の習慣が一番影響力が大きい。そこをチェックして立て直していく。このことが高齢期の健康を維持し、脳をいきいき保っていくことにつながるのだ。


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